開幕のベルが鳴る

  開幕 

演劇部の部室。午前十時頃。机や椅子が雑然と並んでいる。外は雨が降っているらしく、かすかな雨音が聞こえる。室内では、AとBが椅子に座って雑談をしている。

(雑談をふとやめて)ねえ。
どうかしたの?
今さ、ベル鳴ってたじゃない、あれ何だったのかなぁと思って。
ベル? ……そういえば……。まぁ、どうせ非常ベルでしょ。また故障したんだよ。
そっか、成程。(納得する)でも、人さわがせだね。
うん。これじゃ、本当に火事とかおきても誰も信じないよ。
そうだねー。いざって時に困るよねー。(ぼそっと)なんか不安になってきたなー。
あ、そーいえばねー、うちの団地の非常ベルもね……。
 

二人、再び雑談に花を咲かせようとする。そこへ、1年生二人が入ってくる。

C・D おはよーございまーす。
あ、おはよ。
あーら、二人そろって、仲良く重役出勤?
……それを言わないで下さいよ。みんな雨が悪いんです。
A・B 雨……?
そーなんです。ざんざこ降ってきちゃって……おかげで遅刻しちゃいました。
そう。それはかわいそうに。
梅雨も終わってせっかくの夏休みだっていうのに……また雨なの?
そーね。(ちらっと窓に目を走らせる)うわ、本当だ。窓の向こう、すっごく降ってる……どーりで暗いと思った。
えー、そんなに降ってるのー? (同じように見る)あー、こりゃ降ってるなんてもんじゃないや。(C・Dに)こんな雨でよく来れたねー。
クラブのためですもの。
根性で来ました。
まー、二人とも。嬉しいわ、そんなにもこの演劇部のことを思ってくれていたのね。
ありがとう。部長としてこんなに嬉しいことはないわ。
先輩、そんなことおっしゃらないでください。
そうですよ。あたりまえのことじゃないですか、先輩。
まあ……二人とも、なんていい子たちなのっ。
うっうっ、これまで育ててきた甲斐がありましたね、母さん。
ええ、本当に……産んでよかったわ。
ああ、こんないい娘を持って、お父さんは幸せ者だよ。
C・D お父さん! お母さん!
A・B 娘たちっ!
 

がしっ、と抱き合う。四人とも、雰囲気に酔っている。

(はっとして)ああーっ! えっいっうっえっおっあっおっ。
 

声に驚いて、三人、Aから離れる。

Aちゃん、なんて声だすんだっ。
A先輩……おどかさないでくださいっ。
どーしてこんな時に発声練習なんかするんですかっ。
(かまわずに)ああ……どうしよう。……あたし……あたし……とんでもないことをしてしまったわ……どうしよう……どうすればいいの?
……Aちゃん……あなた、まさか!
えっ……まさか、もしかして!
A先輩、ひょっとして!
そうなの……あたし、とりかえしのつかない事をしてしまったのよ。
Aちゃん……。
A先輩、しっかりして。
そうですよ。今からでも自首すれば、警察だってきっとわかってくれます。
そうだとも。話は聞かせてもらったよ。
あ、刑事さん。
大丈夫だよ。ちゃんと話してくれれば、我々にだって、情けはあるんだ。
A先輩、刑事さんもこうおっしゃってるんだから、立派に自首して下さい。
そうですよ。あたしたち、先輩がおつとめを果たして戻ってこられるのを待ってますから。
みんな……! そうね。わかったわ、あたし、自首します!
うんうん。それでいいんだよ。で? 一体何をやったんだね。
ええ……実は。
B・C・D 実は!
あたし……。
B・C・D 何をやったの!?
カサ持ってくるの忘れたの!
 

一同、がっくりする。

あは……は……カサ、ですか……。
あ……つ、疲れた……。
なんか力が抜けましたね。
(少々きまり悪げに)う……でも、冗談じゃないんだから。こんな雨でカサ忘れたのよ!
そりゃーたしかに困るだろうけどね。
ぬれちゃいますもんね。
冷たいですもんね。
だけど。
B・C・D 大袈裟すぎるのっ!
えーん、ごめんなさーい。
わかればよろしい。
だけどさあ、いい勉強になったでしょ。
何が、ですか?
だから、こうやって、台本なしでお芝居みたいなのすることが、よ。勉強になるんだから。
……本当ですか……? (疑いのまなざし)
なーんか関係ないような気もするけどね。
なるわよー。
(Aに詰め寄る)本当に? 絶対保証する?
う……なる……と思う……思いたい。(言葉に詰まっている)
ほーれみ。やっぱり自信ないんだ。
うそ、だったんですか?
ひどいわ、先輩! 信じていたのに!
ほら、とっさにこーゆーことが言えるんだもん、これはもうすでに演劇部員の癖なのよ。
そう、かも、ね。あはは。
あはは、だって。のんきな人。
 

雨音、いっそう激しくなる。

雨、やまないね。
うん。
どーしよ……ぬれて帰るしかないのかな……。
バス停までだったら、入れてってあげるよ。あたしカサ持ってきたから。
ほんと? うれしい、相合い傘ねっ。
……のるね。
あたしもそー思う。
あのー……先輩? (遠慮がちに)
クラブ、やらないんですか?
あ、そーだね。
そうそう、今日は台本の話し合いをするんだったね。じゃ、一人づつやりたいジャンルを言ってみて。まず、一年生から。
え、あたしですか?
あ、うん。どっちからでもいいけど。
ええと……。
あ、ミュージカル!
いいね、それ! あたしもミュージカルがいいです。
やるんだったら、ミュージカルがいいです。
ふんふん、成程。一年生は二人ともミュージカルね。じゃ、Bちゃんは?
あ、あたしはね。なんといってもオカルト! がいい。
……やっぱりね。だろーと思った。
なによー、その言い方。オカルト、いいじゃない。女のロマンよ。
そんなもんにロマンを感じるんじゃないっ! 祟られたらどーすんのよ。
あ、それいーねー。一回たたられてみたかったんだー。
はは……わかったわよ、もうなにも言わないわよ。(半ばやけくそ)
そーいう先輩はどーなんですか?
え、あたし? そーねー……ミステリーとかさ、サスペンスものとか……暗い奴。
暗いやつ、ですか……?
暗いのはうけないんじゃない? 文化祭ではちょっと……まずいと思う。
なによ、言ってみただけじゃない。Bちゃんこそ人のこと言えんの?
オカルトが暗いとでもゆーの? あの楽しいオカルトが暗いと?
あー、わかったわかった。頼むから、ここでオカルト論をするのだけはやめて。
ふふん、勝った。(一人喜んでいる)
えー、さて。これで全員の意見が出たわけだけど……どーも無理そうなのが多いね。
そうですか?
ミュージカル、無理なんですか?
だって、歌唱力とダンス力がおっつかないでしょ。あと、振り付けとかの問題もあるし。
そっか……この中で歌って踊れそうな人って……いないね。
じゃ、没ですか。
残念だな。
次にオカルトだけど。
何か文句あるの?
この中にオカルトの迫力の出せる人がいる?
うーむむ。
ね? だから没。ミステリーかサスペンス。これもねー。自分で言い出しといて何なんだけど、素人の書くミステリーって、見てて情けないからね。どーしてもひとりよがりになっちゃってさ。だからこれも没。
全部ボツ、ですか?
じゃ、どうするんですか?
そーだねー。
どーしよっか……。
 

四人、考え込む。