と、不意にあたりが暗くなる。同時に雨音も聞こえなくなる。 |
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A | あれ……電気消したの誰? Dちゃん? |
D | え、違いますよ。 |
B | じゃ、Cちゃん? |
C | あたしでもないですよ。 |
A | じゃ、だれ? あたしも違うわよ。 |
B | あたしも違う。 |
A・B・C・D | じゃ、一体誰……? |
B | ……わかった! オカルト現象なのよ! やったわ、ロマンよ! 念願が叶ったのね。 |
A | ばか、ただの停電にきまってるじゃない。えっと、窓に一番近いの誰……あ、Dちゃん? ちょっと見てくれる? よそも停電してるかどうか。あと、ドアのそばの人、外の様子見てきて。 |
C・D | はーい。 |
B | やれやれ。こんな時に停電なんてね。 |
A | うん。……あれ……でも、停電になったからって……こんなに暗くなるもんかなぁ。 |
D | ……せ、先輩! (あわてて戻ってくる)ま、窓が、窓が! |
A | ……どうかしたの? そんなにあわてて。 |
D | ないんです! 窓がないんです! |
A・B | え?! |
C | 先輩! (あわてて戻ってくる)ドアがありません! |
B | な……にがないって……? |
C | ドアです。ドアがないんです! |
一同沈黙。動きも止まる。 |
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A | (気まずい沈黙に耐えかねて)あ……はは、やっだー。二人してあたしたちをからかってるのね、そうでしょう? |
B | しめしあわせて冗談言ってるんだよね、そーだよね? |
C | 冗談なんかじゃありません! |
A | いやー、なかなかおもしろい冗談だったよね。 |
B | うん。でも、どうせならも少しもっとももらしい冗談の方がよかったね。 |
C・D | せんぱいっ! |
D | (A・Bにつめよる)あたしたちのこの目が冗談を言ってる目に見えますか? (真剣) |
B | DちゃんとCちゃんは目で冗談を言うの? |
C・D | 言いませんよ! (きっぱり) |
A・B | わー、本気だーっ! |
C | ドアがないんです! |
D | 窓がないんです! |
C・D | 先輩、どうしましょう! |
B | ど、どうしようって……ねえ。 |
A | 何にせよ、まず落ち着くことが先決だわ。ほら、よく言うじゃない。「あわてる乞食はもらいが少ない」 |
B | い……い……「一寸先は闇」! |
C | (つい反射的に)み……「身からでた錆」! |
D | (思わず)「貧乏暇なし」! |
A | はい、「知らぬが仏」ね。 |
B | け、け、け……「芸は身を助ける」。 |
C | ……あの……。 |
A | どしたの? 次「る」からよ。 |
B | 「る」は難しいけど、頑張って。 |
C | あの、そういうことを言ってるんじゃなくて。 |
D | しりとりして、何か役に立つのか、と聞きたいんです、あたしたち。 |
A | よく聞いてくれたわ。そうなの、これは、みんなを落ち着かせようという細かい配慮なの。 |
B | わー、Aちゃん気がきくね。 |
A | でしょ? で、この冷静になった頭脳でゆっくり考えてみましょう、と。ま、そーゆーわけ。 |
B | ふんふん、成程。それはいい考えね。 |
C・D、いまひとつ納得しかねている。 |
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B | あ、そうだ! 今ふっと思い浮かんだんだけどね。窓とドアがないっていったけど、どういうふうになくなってるの? |
D | 窓だったところが壁、になってるみたいなんです。 |
C | ドアのノブとかもなくて、やっぱり、壁、みたいなんです。 |
B | うんうん。じゃさ、こういうのはどう? |
A・C・D | どんなの? |
B | あたしたちが中に入ってる間に、誰かがいたずらで窓とドア塗り込めちゃったの! |
A・C・D | ……あ……。 |
A | あの……ね、そんな事して、一体誰に、一体どんなメリットがあるっての! |
B | やーね、ちょっとした冗談じゃない。 |
C | ……せんぱーい……。 |
D | こんな時に冗談なんかよして下さい。 |
B | ごめーん。 |
A、突然自分の頬をひっぱたく。 |
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B・C・D | えっ!? |
C | せ、先輩、どうしたんですか? |
D | まさか、あまりの事に頭にきちゃった、とか。 |
B | しっかりして、Aちゃん! あたしのこと、わかる? Aちゃん! (Aの頬をたたく) |
A | あーもう! (たたきかえす)何するのよ。 |
B | なによー、様子が変だから心配してあげたのに。 |
C | (おそるおそる)結局……何だったんですか、今の。 |
D | A先輩の頭は大丈夫なんですか? |
A | やーね、何ともないわよー。(笑う)やー、ひょっとしたらこれは夢かもしれないなーと思ってね、ひっぱたいてみたの。 |
B | なーんだ。 |
C | おどかさないで下さい。 |
D | それで、結局どうなんですか? |
A | どうって……結局、これはまぎれもない現実、なのよね。 |
B | 現実、か……。こりゃまいったね。(冗談めかしてはいるが、顔は笑っていない) |
皆、黙りこくる。 |
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C | (ふと上を見上げて)……先輩! |
A・B | 何? どうかした? |
C | 天井が……天井が……。 |
D | まさか、ない、なんていうんじゃ……。 |
C | そう、ないの! |
A・B・D | えー!? |
A | やだ、それじゃ、まるで穴じゃない……。 |
B | それも、この様子じゃ、かなり深いみたいね。(上を見て)真っ暗で、一体どの辺まで続いてるんだか……。 |
A | ひょっとしたら、永遠に続いてるのかもよ。 |
B | え……? |
C | や……だ、先輩、変なこと言わないで下さい。それじゃまるで、ここからは永遠に出られないみたい……。(はっとして口をつぐむ) |
D | ……そうなんですか……? 本当に……そんなこと、ないですよね? 出られますよね、あたしたち。 |
気まずい雰囲気が漂う。 |
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A | (明るく)やーね、みんな暗くなっちゃって。そんなはずないじゃない。大丈夫よ、大丈夫。 |
一同、黙ったまま。 |
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A | もう、しょうがないなー。……よし、こうなったら、景気づけに歌でも歌おー。 |
C | 歌……ですか? |
A | そ、歌。いつの世も、人間に生きる活力を与えるのは歌なのよ。さ、うたお。 |
D | でも、歌うって……何を? |
B | あ、あたし「キャンディ・キャンディ」がいいな。 |
D | どうしてですか? |
B | 逆境に耐えるけなげな少女の歌だからよ。これこそ、あたしたちにふさわしい歌だと思わない? |
C | あ、だったら、「アタックNo.1」なんかどうですか? なかなかぴったりだと思いますけど。 |
A | 「苦しくったって、悲しくったって……」うーん、たしかにね。 |
D | でも、それだったら「エースをねらえ!」だってそうですよ。 |
B | あ、そーだねー。鬼コーチのしごきに耐えたりしてさ。やっぱり、スポ根アニメはそんなのが多いね。必ず意地悪なライバルがいたりして……。 |
A | ねえ……思うんだけどさ。 |
B | なに? |
A | あたしたちって……緊張感全くないね……。(しみじみと) |
D | そうさせてるのは一体誰ですか? (多少いらいらし始めている) |
A | う……あ、あ……。(絶句する) |
B | そうよ、言ってやって言ってやって。 |
C | でも、ほんとA先輩ってどんなときも明るいというか。 |
B | のーてんきというか。話を脱線させるの、大の得意だもんね。 |
A | むっ。いーわよ、そんなに言うなら真面目にやってやる。あたしだってね、こう見えてもなかなか根は真面目なんだから |
B | よく言う。 |
A | ふんだ。じゃ、いくわよ。まず、これまでわかってるのは、あたしたちは今全くわけの分からない穴の中にいるっていうこと。まわりは全部壁。穴っていうからには、上の方に出口があるんだろうけど、かなり深いらしくって、出口があるのかどうかもわからない。それくらい、かな。 |
B | そして、それだけでは、何もわかったことにはならないんだよ。 |
A | わかってるわよ! だから、今から解決策について考えるんじゃないの。え、何か意見のある人。 |
C | ……あの……横穴を掘るのはどうでしょう。もしかしたら、どこかに出られるかも。 |
D | 掘るの? |
C | そう、掘るの。 |
B | きゃー、やだ、やーらしい。 |
A | 何の話をしてんのよっ! せっかく前向きな意見が出たのに。 |
D | でも……掘るったってコンクリートの壁よ。それに、掘るような道具もないんだから。つるはしとかがあるっていうならまだしも、そういうものもなしで掘るなんて……むだよ。 |
C | ……そ……そうだね、むだ、かもね。やめた方がいいね。 |
B | あらー、残念。せっかく前向きな意見が出たのにね。 |
A | それあたしの受け売りじゃない。 |
B | まーまー。気にしない気にしない。ひとやすみひとやすみ。 |
A | もー、一休さんみたいな事言って。どっちが脱線させてるのよ。 |
C | あの……どうしましょう。掘るっていうのはだめだって事になったんですけど……。 |
A | そーね……。(少し考えて)あ、そーだ! あのね、かえるさんがね。 |
C | は? かえる……ですか? |
A | そう、かえる。かえるさんがね、ある朝30フィートの深さの井戸に落ちたの。で、かえるさんは何とかして外へ出ようとして、昼の間は3フィートよじのぼりました。でも、夜の間に2フィート落ちちゃうの。さて、ではこのかえるさんは一体何日で外に出られたでしょう。 |
B | えーと……一日1フィートだから……30日? |
A | ぶーっ、残念。 |
D | 28日ですよ、28日。27日目で27フィートまでいってて、次の日の昼間に3フィートのぼったら、あとは滑り落ちる必要はないんだから。古典的なパズルじゃありませんか。 |
A | あたりー。えらいえらい。 |
B | そっかー。これは一本とられてしまったな。じゃ、次はあたしが問題出す! これは難しいよ。大きなパイと小さなパイがあってね……。 |
A | ストップ! パズル大会やってる場合じゃないんだってば。 |
D | でも、始めたのは先輩でしょう。 |
A | だから。それにはわけがあるの。 |
C | ……あ、もしかして。 |
B・D | もしかして? |
A | 何だと思う? |
C | あの……壁をよじのぼる……とか。井戸に落ちたかえるさんみたいに。……違いますか? |
A | そう! あたりよ。Cちゃん鋭いっ。 |
B | って、Aちゃん本気でこの壁よじのぼるつもり!? |
A | そうよ。(平然と)思うんだけどさ、あたしたちってこのかえるさんに似てると思うの。突然穴に落っこちちゃったりしてさ。このかえるさんだってね、落ちたときには何フィートの深さか、なんて全くわかんなかったわけでしょ? でも、がんばったのよ。いつ出られるか、なんてわかんなくても、頑張ったの。頑張ったからこそ、出られたのよ。 |
B | だから、あたしたちも頑張らなくちゃいけない、って、そう言うの? |
A | そうよ。Bちゃん、よくわかってるじゃない。こうやって話し合ってるだけじゃ、いつまでたったって出られやしないのよ。なにかやらなきゃ。 |
C | その何かが、壁をよじのぼること……ですか。 |
A | そう。そうなの。 |
D | 先輩……本気でそんなこと考えてるんですか? |
A | そうよ。それが何か? |
D | (さめた口調で)そんなことして何になるんですか? 出口があるかどうかもわからないのに。第一、こんな垂直な壁、どうやってのぼるっていうんですか……先輩、どうかしてるんじゃないですか? そんなこともわからないなんて。 |
B | Dちゃん? |
D | だいたい、幼稚ですよ。何がかえるさんですか、たかがパズルじゃないですか、そんなものに本気になって、「かえるさんが、かえるさんが」なんて、ばかみたい。ナンセンスだわ。 |
C | ……ねえ、ちょっと言いすぎだよ……。 |
D | いいじゃない、本当のことなんだから。そうでしょう、先輩。そう思いませんか? 壁をよじのぼるだなんて、そんなことやったってむだですよ。何の役にもたちやしませんよ。 |
C | いくら何でもそんな言い方……。 |
B | そうよ、Dちゃん。Aちゃんだって一所懸命考えてるんだから。 |
A | (B・Cをおしとどめて)いいのよ、別に。 |
B・C | だって……! |
A | いいの。本当にいいのよ。だって、本当のこと、だものね。多分やったってむだだろうって事は、あたしが一番よくわかってる。 |
D | わかってるんだったら、なんで……? |
A | (Dに向き直り)むだだってわかってたら、やっちゃいけないの? (いつになく真面目) |
D | だって……むだなことやったって、意味がないじゃないですか。 |
A | じゃ……Dちゃんは今までずっと意味のあることしかしてこなかったの? |
D、沈黙している。 |
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A | 違うでしょう? あたしもそうよ。むだだなって思うこと、いっぱいした。……だけどね、こんなこと……言ったら何だけど……すごく生意気なことだと思うけど、あたし、むだなことをしちゃいけないんだったら、人間、やっていけないと思うの。むだなこともしなきゃ生きていけないんだと思うの。……そう思わない? |
B | ……そうよね。効率的なことしかしない、なんていうのは人じゃなくて、ロボット、だもんね。 |
C | ロボットじゃ……ありませんもんね、あたしたち。先輩って……ばかみたいなふりして、すごいこと考えてらしたんですね。 |
B | ほんとほんと。まんざらあほでもなかったのね。 |
A | どーゆー意味? |
B | あはは、深く考えない。 |
D、ずっと黙っている。 |
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B | Dちゃん……どうしたの? まだ何か言いたいことでもあるの? だったら言えば? |
C | ねえ……まだむだな事したって意味がないって思ってるの? |
D | 違うわ、違うわよ! ……わかってる、わかってるんです、先輩が言ったとおりだって。何かしなきゃいけないっていうのはわかってるんです。だけど……怖いんです! この事態がだんだん深刻になって、現実の出来事だって認めざるを得なくなっていくのが怖いんです! |
A | Dちゃん……。 |
D | (Aにつめよる)あたしは、先輩たちみたいに何事もなかったように明るく振る舞うことなんかできないんです! 先輩、何とかして下さい……あたし、このままなんて嫌なんです。このままこの穴の中から出られないなんて……嫌なんです! |
A、黙って目をそらす。 |
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D | ……だめ、なんですか? ひどい……お願い、助けて下さい、怖いんです! |
A | ……みんな、そうよ。 |
D、はっとする。 |
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A | みんな……あたしだって、Bちゃんだって、Cちゃんだって、口には出さないけど、怖いのよ。みんな、嫌なのよ。ここから出たいのよ。 |
D | だったら……。 |
A | だけどね……どうやって? どうすれば……いい? |
D | 先輩……。 |
A | もうだめ……もうたえられない……。そうよ、こわいのよ……こわいの、すごく怖いの! 今までずっと……怖かったの! |
溶暗or暗転 |