Aが舞台中央あたりにたっている。彼女にのみ、スポットライト。

あれは……あたしがまだ中学生……そう、中学二年生だった頃。それまで顧問をしてもらってた先生が、突然辞めることになったの。先生はあたしにこう言ったのよ。「これからは、このクラブはあなたの肩にかかってるんだからね」って。……あたし、怖かった。すごく、すごく怖かった。だって、あたしはクラブを支えられるような人間じゃなかったし……責任っていうものがどっしりとあたしの肩にのっかってしまったみたいで、すごく怖かったの。
その日から、あたしはクラブにうちこんだ。誰も助けてはくれないから、頑張らざるを得なかった。責任を果たすことしか、考えてなかったわ。……でもね、一所懸命になってたら、少なくとも、怖さはまぎらわすことができたの。自信も、少しずつついてきたし。あ、これなら大丈夫かな、やってけるかなって、思った。
そんな時にね、部員の一人に言われたのよ。「あんたがいるからこのクラブは悪くなる」って。……辛かったな……。あたし、それから家に帰って泣いたのよ。……信じられるかな、お風呂場で、よ。そこでなら、誰にも見られる心配も、聞かれる心配もなかったから。……すごく、みじめだったのよ……自分にクラブをまとめていく力がないことがはっきりとわかったから。一所懸命にやったのに、だめだったから。自信なんか、どこかへ吹き飛んでしまってた。完全に打ちのめされてたのよ、あたし。
次の日、あたしは新しい顧問の先生に呼び出された。相手の子が、クラブを辞めるって言ってきたから。あたしは、先生に事情を全部話して、自分も辞めるって言ったの。……当然だわ。そんなこと言われて、平気な顔でクラブを続けるなんてこと、できるわけないじゃない。……でも……辞めさせてもらえなかった。「あんたは強い子なんだから、大丈夫、きっとできる。」そう言われて。でも……でもね。お風呂場で一人でこっそり泣くようなあたしの、どこが、一体どこが、強い子だって言うの……?
無力なあたしにかかる期待が恐ろしかった。あたしの実力以上のものをまわりの人はいつもあたしに求めるけど……あたしはどうすればいい? どうすればいいの?
それからは、ずるずると……結局クラブも辞められなかった。でも、怖くなくなったわけじゃない。ずっと怖かった。期待を裏切ることが、怖かった。期待に応えられなくて、「なんだ、それだけの人だったのか」って失望されるのが、すごく怖かった。今だって……怖くて怖くて……どうすればいいの? ……怖いのよ、怖いの、すごく怖いの! 今までずっと……怖かったの!
 

スポットライト、Bに移る。 

あれは……二年前、になるかな。まだあたしは中学の三年生だった。今から思うと、あのころあたしかなり賢かったんだ。だから、先生も特に、ああしろとかこうしろとかは言ってくれなかったの。でも、あれって不安なのよね。すごく。あたし、意志のほとんどない人間だったから。そんなふうにつきはなされると、どうしていいのかわかんなくって。結局あたし、母親のすすめるままにこの高校を受験したの。
でもね、入学してからだんだん怖くなってきたの。自分の意志を持たないって事が。だって、まずそんなんじゃ友達もできないでしょ? だから、あたしたいてい一人だった。最初の頃はね、すごく悲しかったの。なんで友達ができないのか、自分のどこが悪いのか、全くわからなかったから。でも、ふと気づいたの。あたし、こんなでやっていけるのかって。
だってね、今はまだいいわよ。でも、将来はどうするの? たとえば、あと一年もしたら大学選ぶじゃない。でも、どこに行ったらいいのかわからない。それから就職するじゃない。その時も、どこにしたらいいのかわからない。自分が一体何をやりたいのか、わからない。……こんなの、一生の問題じゃない。そんな大切な問題を、人に意見を聞かないと決められないなんて……怖いじゃない。絶対、こんなんじゃあたしやっていけるわけないよ。
そう思ってね、考えたの、いろいろ。どうしてあたしは自分の意志ってものをほとんど持ってないのかって。……そしたらね、最近になって、やっとわかったの。あたし、自分の意志を持ってないんじゃないのよ。持ってるのよ。持ってるけど、持ってないふりしてたのよ。
たとえば、一つの物事を決めるとするじゃない。その時、自分がこうしたいって思って、で、その通りにして、もし失敗してしまったら、それは全部自分のせいなのよね。でも、人の言うとおりにして、それで失敗したら、その人のせいにできるでしょう。……そういうことなのよね。あたし、自分の意志に気づかない振りして、無意識のうちに逃げ道作ってたんだよね。ひきょう、だよね。
それがわかってから、あたし怖くなった。こんな事ばっかり気にしてたら、前になんて進めない。あたしはひょっとしたら一生このままかもしれない。そんなの、やだ。でも、だからって、どうしたらいいの? ……怖いのよ、怖いの、すごく怖いの! 今までずっと、怖かったの!
 

スポットライト、Cに移る。 

あれは……何年前になるんでしょう……あたしがまだ幼稚園児だった頃のことなんです。学芸会ってあるでしょう? あれでうちのクラス、「みつばちマーヤの冒険」をやる事になったんです。あたし、本当はマーヤ役やりたかったんです。すごくやりたかったんです。でも……言い出せなかった。気が弱かったんですよね、あたし。
結局、あたしは兵士その3で……つまるところ、ちょい役だったんです。それでも、マーヤ役の子の練習をじっと見たりして。あきらめきれなかったんですよね。あんまりその子ばっかり見てたものだから、あたし、マーヤの台詞、全部覚えちゃったんです。
それで、本番の日にマーヤ役の子が急に熱だして、出られなくなったんですよね。で、代役をどうしようって事になって、わいわいやってたんです。そこで、あたし勇気を出して、言ってみたんです。「あたし、マーヤのセリフ、全部覚えてる」って。でも、まわりの子は、「Cちゃんはおとなしいから、マーヤより兵士その3の方がむいてるよ、絶対むいてるよ」って言って……別の子を推薦したんです。あたし……本当は、その子よりもずっとうまくできる自信あったのに……それ以上主張しなかったんです。だから、代役はその子になりました。
その代役の子は、突然の代役でマーヤのセリフなんかちっとも覚えてなかったから、つっかえつっかえにしかできませんでした。あたし、その様子見てて、すごく後悔したんです。あたしだったら、絶対セリフつっかえたりしないのに。あのとき、どうしてもやりたいって言えばよかった……って。
……いつも、そうなんですよね、あたし。自分の思ったこと言っても、人が「それは違うよ、こうだよ」って言ったら、絶対自分の方が正しいって思ってても、つい、「うん、そうだね」ってうなづいちゃうんです。人と意見が合わないと、自分の意見を引っ込めちゃうような人間なんです、あたしって。
あたし、そんな自分がすごく嫌なんです。このままじゃ、あたしの人格はめちゃくちゃになってしまう。そうやって、ひとつひとつ考えを押し殺してるうちに、あたしは歪められてしまう……。わかってるんです。よくわかってるんです。でも……どうしたらいいんでしょう……? 怖いんです、怖い、すごく怖いんです! 今まで、ずっと怖かったんです!
 

スポットライト、Dに移る。 

あれは……多分、幼稚園に通ってた頃だと思うんです。一度夜中に台風が来たことがあって……雨の音と風の音がすごく怖かったんです。
で、あんまり怖かったあたしは、母親のところへ行って泣き叫んだんですよね。「怖いよ、怖いよ」って。母は優しくあたしを抱いてくれました。そして、こう言ってくれたんです。「もう怖くないのよ。大丈夫耳をふさいで、目を閉じてごらんなさい。ほーら、何も怖いものなんて見えないでしょう? 怖い音なんて聞こえないでしょう? ほーら、もう怖くない」って。そうしたら、あたしすごく落ち着けたんです。怖くなくなったんです。
それ以来、あたし、何か怖いことがあるといつもそうしてきました。誰かそばにいる人にしがみついて助けを求めて、そして目を閉じて耳をふさぐんです。怖いものが見えないように、怖い音が聞こえないように。怖いものの存在を認めないことで、怖さを紛らわせようって思ったんですね。
でも……それって、自分の心まで見えなくなるんですよね。自分の心の声まで聞こえなくなるんですよね。……そして……まわりの人のことも、見えなく、聞こえなくなるんです。
……怖いことですよね。何よりも怖いことです。他の人のことも、自分の心もわからなくなったら、あとに残るのは、自分の本能だけ。人の気持ちをわかろうともしない、利己的な自分だけが残ってしまうんですそして、怖いのは自分だけなんだって錯覚してしまう……そんなわけないのに。そんなわけ、ないのに。
わかってるんです。もう、目を閉じちゃいけない、耳をふさいじゃいけないって。じゃなきゃ、本当の自分がわがままな自分の中に埋もれていく、沈んでいって、二度とは浮き上がってこないって。だんだん嫌な性格になってしまうって事は、よくわかってるんです。でも……つい逃げてしまうんです。まともに現実を見てしまったら、目がつぶれてしまうような気がして。まともに聞いてしまったら、鼓膜が破れてしまうような気がして。
逃げようなんてこれっぽっちも思ってないのに、いつの間にか逃げてるんです。そんな自分が怖くって……一体あたしどうしたらいいんでしょう……? 怖いんです、怖い、すごく怖いんです! 今までずっと怖かったんです!
 

暗転