再び明るくなると、四人は思い思いの場所で呆然としている。 |
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A | (重そうに口を開く)今のが……本当のあたしたち……。 |
B | みんな……怖かったのよね。みんな、みんな……弱かったのよね……。 |
C、うなづく。 |
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A | でも……。 |
B | でも? |
A | なんだか……全部ぶちまけちゃったら、すっきりしたみたい。そう思わない? |
B | んー……そーね……。 |
C | そんな気もしないでもないですね。 |
D | うん。長い間の胸のつかえがとれたような。 |
A | もしかしたら、こういうわけのわからない状態に追い込まれて、かえってよかったのかもね、あたしたち。 |
B | そう、かもしれないね、確かに。 |
沈黙。けれども、決して気まずいものではなく、どこか心地よい、ほっとしたような沈黙。 |
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C | そうだ、先輩? |
A | ……なあに? |
C | 結局……どうしてここ、穴なんかになっちゃったんでしょうね。 |
A | あ……うん……。(少し言いよどむ。)あの、ね。さっきあたし、本当の自分たちが見えてきたって言ったでしょ。 |
B | うん、言ったね。覚えてるよ。 |
A | あれ……ね。見えるようになったのは、本当のあたしたちだけ、なのかな。 |
B | っていうと? |
A | うん……あたしね、現実社会の本当の姿も見えるようになったんじゃないかって思えるの。 |
B・C・D | 現実社会の本当の姿……? |
A | うん……。現実のこの世界ってね、今まで見えなかっただけで、本当はこういう姿をしてるんじゃないかなぁ。 |
B | こういう姿って、この穴のこと? |
A | そう。閉鎖された空間。自由だとかなんとかいって、結局定められたわくの中でしか生かしてもらえない人間たち。 |
B | 八方ふさがりの状態……深い穴……。成程ね。うん、そうかもしれない。 |
A | その現実世界が、何かをきっかけにして、本当の姿を現したんじゃないかな。 |
B | うーん……難しいね。 |
A | うん。難しい。でも、何にせよ、この状態はまぎれもなく現実なのよ。夢なんかじゃなく。 |
B | うん……。(少し考え込む)あ、そうだ! |
A | なーに? |
B | ほら、非常ベルが鳴ったじゃない、こんな事になる前に。 |
C | 非常ベル……? |
C | そんなの鳴ったっけ……。 |
A | あ、CちゃんとDちゃんが来る前にね、鳴ってたの。 |
C・D | あ、そうなんですか。 |
B | あのベルね、本当は壊れてなんか、いなかったのかもね。 |
A | あのベルは、この世界に変化が起こることを察知して鳴った、というわけ? |
B | うん。そう思わない? |
A | んー……そうかもね。だとしたら、他の人たちもこうやって穴の中に閉じこめられてるのかもね。 |
C | あたしたちと同じように、ですか? |
B | そうよ。 |
D | なんだか……怖いですね。 |
A | そうね。でも。 |
B | これが確かに現実。 |
A | そういうこと。あは、なんか悟りを開いちゃったみたいな心境だな。 |
C | これって、まさしく「現実の壁」ですね。 |
B | あ、ほんとだね。Cちゃん、うまいこという。 |
A | ……とすると、これはあたしたちに課せられた、一つの試練、なんだわね。 |
D | 試練……誰かがあたしたちを試してるっていうんですか? |
A | そう、だと思う。今まで怖がってばかりで何もしようとしなかったあたしたちへの罰。あたしたちに下された、制裁。 |
B | でも……一体誰が? |
A | 神……とはちょっと違うかな……あたしたちみんなの心の中にある何か、だと思うの。 |
B | あたしたちみんなの心の中にある何か……か。そうだね。あたしたち、ふがいない自分たちにあきれてた。そして、そういうみんなの思いが高じて、こういう、世界が本当の姿を現すって言う事態を引き起こしてしまった。 |
C | なんとなく、納得しちゃいますね。 |
D | うん。自分たちを極限に追い込むことで、あたしたちに何かを気づかせようとしたんですね。 |
A | うん、その通り。 |
C | そして、その何かっていうのが……自分たちの弱さ、なんですね。 |
B | うん、きっとね。 |
A | まあさ、他にも解釈の仕方はいっぱいあると思うよ。でもね、多分それって全部正解なんだろうな。 |
D | なんだか、国語みたいですね。 |
A | あはは、本当だ。 |
B | でもさ、あたしたちって今思うとすっごく弱かったんだよね。怖い、怖いって言ってさ。結局、逃げてたんだよね。 |
A | うん……情けないけど、確かにそう。でも、本当は何とかしたかった。……ジレンマ、だったんだな。 |
B | だけど……こうやって考えてみると、なんだかわかったような気がしない? |
C | 何が、ですか? |
B | あたしたちに必要な、本当の強さってものが。 |
A・C・D | 本当の、強さ? |
B | うん。あのね、うまくは言えないんだけど……本当の強さっていうものは、恐怖を感じないって言うんじゃなくて、ちゃんと怖いものは怖いものって感じていて、それでもなお、落ち着いてそれに対処できるってことじゃないかな。 |
A | 怖いものは怖いものって感じていて、それでもなお、落ち着いてそれに対処できるってこと……それがあたしたちに欠けていたもの、なんだね。 |
B | うん。あたしたちってさ、今までどっちかっていうと、そうなろうっていうより怖さを感じないようになろうって思ってなかった? |
C | そういわれてみれば……先輩方にしろ、あたしたちにしろ、怖さから逃げてたんですよね。 |
B | そうなの。だけどね、怖さを感じない、なんていうのは、強いんでもなんでもなくて、ただ単に鈍いだけなのよ。鈍いから、怖さに気づかない。それを強さだと思ってたなんて……なんかちゃんちゃらおかしくない? |
A | ……そうだね……おかしくって、笑っちゃうね……あたしたち、何とかしてどんかんになろうとしてたんだね……ばかみたい。 |
D | 強さの意味をはきちがえてたんですね、あたしたち。 |
C | ほんと、ばかみたい。 |
A | 本当の強さ、か……そうよね。(立ち上がる)あたし……強くなりたい。怖いときにこそ、笑って、笑って、怖さを吹き飛ばしてしまえるような強さがほしい。……ずっと、ずっと欲しかったの。……あたし……強くなる! |
B | (立ち上がる)あたし、強くなりたい。自分の正直な気持ちをまっすぐ人にぶつけられるような。自分をごまかすことのない強さが欲しくてたまらない。……ずっと、ずっと欲しかったの。……あたし……強くなる! |
C | (立ち上がる)あたし、強くなりたい。決して人の意見に左右されずに、決して自分を押さえつけたりしない、そういう強さが欲しい。……ずっと、ずっと欲しかったの。……あたし……強くなる! |
D | (立ち上がる)あたし、強くなりたい。すべてのものを真正面からにらみすえて、決して見失わない。そんな強さが欲しかった。……ずっと、ずっと欲しかったの。……あたし……強くなる! |
A・B・C・D | 強く、なってみせる! |
A | そうよ、強くなるのよ。怖さなんかふきとばしちゃうくらいに。きっとできるわよ。 |
B | そうそう。で、うーんと強くなって、女子プロレスラーになっちゃったりして! |
C | せんぱーい……意味がちがうー。 |
A | そーよ。第一、あたしみたいな細い人がなれると思う? Bちゃんはともかくとして。 |
B | どーゆー意味? |
A | いーえ、べつに。 |
B | ……だから、強くなるんじゃない。もしかしたら、Aちゃんも筋肉もりもりになるかもよ。ほら、ムキムキマンみたいに。 |
A | ふっるーい。でもやーよ。あたしがそんな筋肉質な体になったって、みっともないだけじゃない。 |
B | いやー、案外似合うかもよ。 |
A | なによー、それ。なんか言いたげだねー。 |
B | 別に他意はないんだよ、他意は。 |
A | ほんと? ほんとにほんと? |
C | あ、あれおもしろいんですよね。 |
D | え、何が? |
C | だから……「ホントにホント」。 |
D | ……今関係ないんじゃない? |
C | そーかなー。 |
D | うん。多分そうだと思うよ。 |
A | そうだ……? ソーダ屋さんのソーダ息子がソーダ飲んで死んだソーダ、葬式にはソーダが出るソーダ。 |
B | 懐かしいギャグを言うね、Aちゃんは。 |
A | あたしもそう思う。 |
C | っていえば、「わしもそう思う博士」。あれ、かわいかったんですよね。 |
D | そーそー。「わしもそう思う」って、言い方がね、いいんだよね。 |
A | あ、あたしの友達でね、お父さんが日本ハムに勤めてる人がいて、その人が「わしもそう思う博士」のTシャツもってたの。うらやましかったなー。 |
C | あ、いーなー……。(じーっとAの顔を見る) |
A | ……何? なんかついてる? |
C | いえ……そうじゃなくて、前と同じようにばかなこと言ってらしても、なんだか今の方が先輩ずっと頼もしいみたい。 |
A | えー? |
D | うんうん。なんかさ、言うとおりにしてたら絶対間違いないって感じ。 |
B | そうなのよねー、なんか自信に満ちてるみたいで。 |
A | ……なんか、Bちゃんに言われるとねー……。(疑いのまなざし) |
B | ほんとだってば。ほめてるんだから、素直に喜べば? |
A | ほんとー? |
B | ほんとだよ。 |
A | (突然てれはじめる)やだー、てれるじゃない。……あれ。 |
B | Aちゃん……? |
C | どうかしたんですか? |
D | 何かあるんですか? |
A | ほら、あそこ。見えない? |
B | だから、何が? |
A | 今……上の方……あのあたりが一瞬明るくなったような気がしたの……。 |
B | ほんと? あたしには見えなかったけど。 |
A | うん……。(自信なさそうに)でも……見間違い、かもしれない……ほんの一瞬だったから……。(目をそらす) |
B | Aちゃん! (同時に) |
C・D | 先輩! (同時に) |
A | え……? |
B | 強くなるんでしょう? 自分の正直な気持ちをまっすぐ人にぶつけるんでしょう? |
C | 強くなるんでしょう? 決して人の意見に左右されないんでしょう? |
D | 強くなるんでしょう? すべてのものを真正面からにらみすえるんでしょう? |
B・C・D | 強く、なるんでしょう? |
A | あ……そうよね、そう、よね! |
B・C・D、力強くうなづく。 |
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A | そうよ……うん! 確かに明るくなったのよ、上の方が。ほんの少しだったけど……確かに。間違いなく。 |
B | っていうことは。 |
C | 出口が……あるっていうことですね! |
D | 永遠にこの穴が続いてるわけじゃないんですね! |
A | うん! ……ね、あたし思うんだけどね、あたしたち、はいあがってるんじゃないかな、上に向かって。パズルのかえるさんみたいに。 |
C | え? あたしたち、何もしてませんよ。 |
D | 普通に立ってるだけですよ。 |
B | あ、それもしかして、精神的にってこと? |
A | そう。本当にはいあがるっていうんじゃなくて、精神的に成長していくことで、少しずつ浮上してるんじゃないかなぁと。 |
B | 浮上……ふんふん。そうかもしれないね。 |
C | え、じゃ、浮上してるってことは。 |
D | そのうちここから出られるかもしれないってこと、ですか? |
A | うん、きっとね。 |
D | わぁ……出られる……出られるんですね……。 |
C | 良かった……良かったぁ……。 |
D | あたし……ここから出られたら、いっぱいやりたいことがあるんです。今まで、見えなかったもの、聞こえなかったものを、見たいんです。聞きたいんです。 |
C | あたしも……今まで押し殺してきたもの、全部誰かにぶつけたいんです。 |
B | あたしも……今まで作ってきた逃げ道全部壊して、前に進み始めたい。 |
A | うん。そうやって、他の人たちの期待に負けないように、自信を取り戻したい。 |
B | 他にも、いっぱい、いっぱい……うまく言えないのがくやしいけど、やりたいことがいっぱいあるのよ! |
A | そうよ。そして、それらは全部、ここから……この穴の中から始まるのよ。 |
B | ……そうだね。そう、なんだよね。 |
C | さあ、そうとわかったら、頑張りましょう。 |
D | そう。みんなで一緒に。 |
A・B | そうね。 |
A・B・C・D | 頑張りましょう! |
A | (再びふっと顔を上げる)あ、また少し明るくなったみたい。 |
C | あ、本当。あたしにも見えました。確かに。 |
D | あ……また。また明るくなったみたいですよ! |
B | なんだか……本当に少しずつ目の前がひらけてきたみたい。 |
四人、上方を見上げたまま。 |
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B | (ふと気づいたように)でも……さっき言ってたじゃない、この穴は現実世界の本当の姿かもしれないって。だとしたら……現実の世界から抜け出すことがあたしたちにできないように、この穴から出ることはできないんじゃない? |
A | ……そうね。……だけど……ここは穴の底なのよ。どうしたってこれ以上落ちることはないでしょう? これ以上悪くなることなんて、ないでしょう? 底だっていうことは、上しかないんだもの。……大丈夫よ。きっと出られるわ。そんな気がするのよ。だって、ここは穴なんだもの。深い、深い、穴の底なんだもの。 |
B | そう……ね。きっと、そうよね。なんだか……あたしもそんな気がしてきた。……穴だものね。穴には……上しかないものね。うん。 |
C | そうですよね。そうに決まってますよね。 |
D | 上しか……ないですものね、上しか。 |
A | うん。(間)……だから、穴なのね。 |
A・B・C・D | (それぞれの思いを込めて)だから、穴なのね……。 |
幕 |