第五場 立会演説会
幕、開く。中央に演台があり、出雲がいる。下手よりに椅子が三つあり、そのうち二つに小夜子と宇都宮が座っている。陰謀渦巻く立会演説会がいよいよ始まるのだ。 |
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出雲 | それでは、ただ今より、生徒会役員選挙に先駆けて、立会演説会を行います。まずは、会長候補の鍋縞小夜子さんと、応援演説の副会長候補宇都宮秀徳さん。 |
二人、立ち上がり、台に近づく。出雲は席につく。まちこと一子、両サイドに分かれて立っている。 |
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まちこ | あれが、彼女の言ってた現会長出雲新太郎、か……。 |
一子 | あれが問題の陰謀家、鍋縞さん、ね……。 |
小夜子 | みなさん。ただ今ご紹介にあずかりました、私が鍋縞です。 |
宇都宮 | 応援演説の宇都宮です。 |
小夜子 | えー、今回の選挙は私とそちらの出雲氏の一騎討ちとなったわけですが、この出雲氏は、前年度も会長を務めておりました。ところが、去る二月下旬、本校の卒業式におきまして、この前年度会長殿はなんと、遅刻をしまして、おかげで、式の進行も遅れ、非常に迷惑いたしました。 |
宇都宮 | そうです。さらに呆れたことに、この前年度の会長に遅刻の理由を問い質しましたところ、極めて私的な事情であって、話すことができない、との答えが返って参りました。みなさん。私用で大事な卒業式に水をさすようなことをした者に、会長の資格があるでしょうか。 |
一子 | ……何、これ。こんな応援演説あり? |
まちこ | (顔をしかめて立っている)何なのよ、これは。 |
小夜子 | そこで。私は、前会長出雲新太郎氏に辞任願いたいのです! このような人に、この学校を任せるわけにはいきません。 |
出雲、耐えきれなくなり、立ち去る。 |
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宇都宮 | みなさん。その点、この鍋縞さんは申し分のない人です。前任の出雲氏のようなことはありえません。というわけで、次期生徒会長には、ぜひ、この鍋縞さんを……。 |
祥子 | 卑怯者っ! |
小夜子 | 何! |
祥子 | (通路を通り舞台へ来る)あなたたちこそ、会長の資格なんてないくせに。卑怯者! 恥ずかしくないの? |
小夜子 | 卑怯者ねえ……嬉しいじゃないか。最高の誉め言葉だよ。 |
宇都宮 | 君こそ何だ、いきなり失敬な。 |
祥子 | 何が失敬なのよ。あたしは知ってるのよ。あなたたちの本当の狙い目を! あなたたちは出雲さんを失脚させて、その後で、この学校をハーレムにしようとしてるんじゃない! 何が申し分のない人よ! |
宇都宮 | なっ……。(図星をさされて焦る) |
小夜子 | ええい、黙れ! そんなのは出鱈目だ! |
祥子 | 出鱈目じゃないのはあなたが一番良く分かっていることでしょう。絶対にあなたたちの思い通りにはさせないわ! この学校をあなたたちみたいな人の勝手にはさせないから! 卑怯者! 悪党! 極悪人! |
小夜子 | ……宇都宮、あの娘を黙らせろ! |
宇都宮 | はっ。 |
宇都宮、祥子の口をふさごうとするが、祥子の抵抗にあい、今度は後ろから羽交い締めにする。まちこと一子の二人、思わず止めようとして、お互いに気づく。 |
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まちこ | あ……一子。 |
一子 | あら、まちこ……(じろじろ見て)ごたごたにはかかわりたくなかったんじゃなかった? |
まちこ | あ……あんたこそ……。平和に暮らすんじゃなかったの? |
一子 | それは……そうなんだけど。 |
祥子 | いやっ! はなしてよ、この卑怯者! あんたなんかに触られたら性格の悪さがうつるじゃない! |
小夜子 | なんだと! よくもこの私に……。(祥子をひっぱたく) |
まちこ | いくら何でも、あれはひどいわよね。 |
一子 | うん……。二人がかりで、だもんね。第一、あの人、力もなさそうだし。 |
まちこ | ……ううう……何だかだんだん……猛烈に腹が立ってきたっ! (助けに入ろうとする) |
一子 | あ、ちょっと、まちこ、協定は? |
まちこ | あん? |
一子 | ほら、Farewell to arm協定。今入ってったらペナルティなんじゃない? 「喧嘩よさらば」なんでしょ? |
まちこ | 元々の意味は「武器よさらば」なんだから、素手なら構やしないわよ。 |
一子 | またそんな屁理屈言って。 |
まちこ | うるさいの。ここで黙って見てたら女が廃るわよ。(助けに入る) |
一子 | まちこってば……ありゃ本気で怒ってるわ……あの子普段冷静な分、一旦燃えるとどうしようもないのよね。まずいなぁ……。ま、いいか。(助けに入る) |
まちこ | (祥子をかばって)やめな。二人がかりで弱い者いじめはみっともないよ。 |
小夜子 | な……お前、何者だ! |
一子 | おっと、一人じゃないのよね。(宇都宮の腕をねじりあげて) |
宇都宮 | お前ら……一体……。 |
まちこ | ま、誰でもいいじゃないか。あんたらのやり口が気にくわない二人組、とでもしといてよ。 |
祥子 | 二人とも……来てくれたのね! ありがとう。 |
一子 | あなたも無茶するわね、たった一人でこんなやつらに刃向かうなんて。 |
祥子 | だって、あたし……。 |
まちこ | 見ちゃいられなかったからね、危なっかしくって。でも、あたしらが来たからにはもう大丈夫。さ、今度はあたしらが相手だよ。 |
一子 | 祥子さん、あなたは下がってて。 |
祥子 | え、ええ。 |
乱闘が起こる。どう見ても、まちこ&一子の方が優勢。形勢不利と見るや、宇都宮、祥子を捕まえる。 |
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祥子 | きゃ……。 |
宇都宮 | ふはははは、二人とも、これを見ろ。おとなしくしないと、この娘に危害をくわえるぞ。 |
一子 | あっ……なんてやつ。 |
小夜子 | ふはははは、宇都宮、よくやった。(喜んでいる隙にまちこに捕まる)え? |
まちこ | そっちこそ、彼女をお離し。でないと、この女の腕の一本や二本へし折るよ! |
宇都宮 | 小夜子様! |
小夜子 | ふはははは、宇都宮、捕まってしもうたわ。 |
宇都宮 | 笑ってる場合じゃないでしょう! |
祥子 | えい! (隙をみて肘鉄を宇都宮にくらわす) |
宇都宮 | いてててて。(思わず手を離す) |
一子 | へぇ、なかなかやるじゃない。 |
祥子 | だってあたしが捕まってると、あなたたちに迷惑がかかると思って。 |
まちこ | 上等、上等。さぁて……よくも卑怯な手を使っておくれだね。 |
小夜子 | あ……宇都宮! なんとかしろ。 |
宇都宮 | そうおっしゃられましても……。 |
まちこ、いきなり小夜子を突き飛ばす。小夜子、宇都宮とぶつかる。 |
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小夜子 | いてっ。 |
宇都宮 | 小夜子様。 |
まちこ | さ、とっとと行っちまいな。次にこんな真似しやがったら、今度こそただじゃすまないからね。覚えときな。 |
一子 | ほら、まだやられたいの? (構える) |
小夜子 | ……ふはははは、今日のところはこれくらいにしておいてやろう。宇都宮、行くぞ。(下手に) |
宇都宮 | はっ、小夜子様。(追いかけて下手に引っ込む) |
三人を残し、幕閉まる。 |
第六場 混乱の後で……
まちこ | やれやれ。どうしようもないわね、あの二人は。(おとなしくなっている) |
一子 | でも、あたしたちのこと、あっという間に広まるわよ、きっと。大勢見てたもの。 |
祥子 | ごめんなさい。あたしのせいでお二人を巻きこんでしまって……。 |
一子 | いいのよ。どうせあたしたちがずっと喧嘩を我慢してられるわけなかったし。 |
まちこ | そうよ。ずーっと我慢してたから、すっきりして、かえって良かったくらいよ。 |
祥子 | ……ありがとう、二人とも。優しいのね。 |
まちこ | ……正直言うとね、最初冷たくしすぎたから、ずっと気になってたのよ。あなたのこと。 |
一子 | あたしもなの。手伝ってあげれば良かった、ってずっと思ってた。 |
祥子 | 二人とも、本当にいい人なのね。それに、思ってたより強いし。……あたしもなかなか人を見る目があるんだわ。 |
まちこ | そうよ。あたしたち二人を選ぶなんて、本当目が高いわ。 |
一子 | そうそう。何せあたしたちは「世界最強のコンビ」なんだもの、あたしたちがついてれば百人力! 味方につければこれ以上心強いことってないわよ。 |
まちこ | その分、敵にまわすと怖いけどね。その点では、あの二人組には気の毒、だわね。 |
祥子 | っていうことは……あたしに協力してもらえるの? |
まちこ | そういうこと。乗りかかった船だもの、どうせやるなら徹底的にやらなくちゃ。中途半端ってあたし嫌いなの。やる時はとことんやるわよ。 |
一子 | それにさ、さっきのでもうあたしたちはあなたの仲間だって思われちゃっただろうしね。その期待を裏切るのも悪いじゃない。 |
まちこ | それともう一つ。あの二人組のやり方が気にくわないのよ。あんな卑怯な人たちに自分の学校を任せるなんて、考えただけでもぞっとするわよ。死んだってあたしあの人を会長、だなんて呼びたくないわ。 |
祥子 | ……ありがとう、まちこさん、一子さん。なんてお礼を言ったらいいかわからないわ。 |
一子 | そんなこと、いいのよ。それより今はこれからのことを考えなくちゃ。 |
祥子 | これからのこと? |
まちこ | そ。あの二人、絶対にこのままおとなしく引き下がるわけないわ。きっと、まだ何かたくらんでるはずよ。 |
一子 | っていうことは、また何か仕掛けてくるわね。 |
まちこ | 今日の立会演説会は明後日に延期になっちゃったでしょ。あんなことになっちゃったせいで。でも、あの人たちのことだから、それまで何もしないでいるなんてことはまずないと思うの。 |
祥子 | じゃ、それまでに何か仕掛けてくるってことね。 |
まちこ | そういうこと。それも、大勝負を仕掛けてくると思うの。少なくとも、こっちにかなりのダメージを与えようとするはずよ。 |
一子 | だけど、あの二人のことだもの、正面から向かってくるとは思えない。あたしたちに敵いっこないってわかってるんだものね。 |
まちこ | ということは、よ。あの人たちが狙うのは、祥子さん、あなたよ。 |
祥子 | あたしを? |
一子 | そう。三人の中で一番力のないあなたを当然向こうは狙ってくるはず。 |
祥子 | でも、あたし一人を狙ったって、どうしようもないでしょう。 |
まちこ | そうでもないわ。今日の立会演説会で、あなたと出雲会長がなにか関わり合いがあることは、むこうにだってわかったはずよ。だから、あなたを捕まえて……もしかしたら、人質にするかもしれない。 |
一子 | それで、会長を脅すわけね。立候補を中止しろ、さもないと……。あなたと会長さんが知りあいなのなら、会長さんはきっとその要求をのむ。 |
祥子 | そんな……困るわ、そんなこと。これ以上あの人に迷惑をかけるわけにはいかないのよ。 |
まちこ | まあ、これはひとつの考えにすぎないんだけどね。そういう可能性は十分にあるわ。あの人たちは本当にずるがしこいから。 |
一子 | そーそ。会長の座を奪うためなら、何だってしかねないわよ。 |
祥子 | 確かにそうね。あの二人だったら、酒池肉林のためなら何だってやりかねないわ。それがどんなに非人道的なことでも。 |
まちこ | そうなのよ。だから、こっちもそれに備えてしかるべき対策を練らなきゃ。 |
一子 | 対策? ……悪いけど、そーいう頭使うことはあんたに任せるわ。あたしはちょっと……。 |
まちこ | 分かってるわよ。誰もあんたに考えてくれなんて言ってないでしょ。 |
一子 | む。なによ、その言い方は。 |
祥子 | ま、まあ落ち着いて、一子さん。こんな言い方するってことは、きっとまちこさん何か考えがあるのよ。そうでしょ、違う? |
まちこ | 驚いた。どうして分かったの? |
一子 | ってことは、何か考えがあるわけ? |
まちこ | まあね。たいした考えでもないけど。 |
祥子 | どんな考えなの? さしつかえなかったら聞きたいんだけど。 |
まちこ | 単純に考えてみたらね、問題の中心人物である会長さんとコンタクトをとるのがまず先決じゃないかと思ったのよ。考えって程のものじゃないのよ。当たり前のことなんだから。 |
一子 | なるほど。言われてみたら確かにそうね。会長さんも交えて相談した方がいいに決まってるわね。何たって味方同士なんだし。 |
まちこ | でしょ。だから、これから会いに行ってみない? 会長さんに。 |
一子 | そうね。それがいいかもね。 |
祥子 | 駄目! 絶対駄目よ! |
一子 | ……どうしたの? そんなにむきになったりして。力説することないじゃない。 |
祥子 | 駄目なの。あの人に会うわけにはいかないわ。 |
まちこ | どうして? |
祥子 | それは……今は言えないんだけど。 |
一子 | わけありってわけね。 |
祥子 | ええ……。とにかく、あの人と顔をあわすのだけは……。 |
まちこ | 会長さんと何かあったの? |
祥子 | 何かって……そうね。いろいろ事情があって、あの人に悪いことをしてしまったのよ。その結果、ひどい迷惑をかけてしまった。あの人が責められてる卒業式の遅刻って言うのは、実は……あたしのせいなの。 |
一子 | ふうん、そうだったの……あ、もしかして、つきあってたりしたとか。 |
祥子 | ええ、まあ。高一の頃からだから、二年越しになるかしら。 |
まちこ | ってことは……あなた三年生なの? にしちゃ、何だか制服も新しいみたいだけど。 |
祥子 | え? あ、あぁ、しばらく休んでたから、きっとそのせいよ。 |
まちこ | ふうん?(いぶかしげ) |
一子 | そういえば、前から気になってたんだけど、その黒いリボンは? この季節には変じゃない? |
まちこ | これ……これは、喪中なの。 |
一子 | あ、ごめん。悪いこと聞いちゃった。 |
祥子 | いいのよ、そんなこと。それより、作戦を練りましょうよ。 |
まちこ | そうね。でも、会長さんと会うのが駄目となると……。 |
一子 | 他に何か考えある? |
まちこ | んー……できる限り三人一緒にいるのが何より一番なんじゃない? |
一子 | すっごい単純な考えね。 |
まちこ | まーまー。Simple is the bestよ。 |
一子 | そんなもんかしらね。 |
まちこ | そうそう。ね、祥子さん。 |
祥子 | (上の空)……えっ? ええ。 |
まちこ | ? ……とにかく、明後日まで、頑張りましょ。 |
祥子 | そうね。頑張ってあの人たちの計画を阻止しましょう。 |
一子 | 徹底的にやろ、徹底的に。 |
まちこ | そうそう。二度と馬鹿な真似しないように叩きのめしちゃいましょ。 |
一子 | 賛成! あー、腕がなる。 |
まちこ | ちょっと一子、あんたすっかりその気ね。 |
一子 | そうよ。悪い? |
まちこ | 別に。あたしだってそうだもの。 |
一子 | やっぱりね。だろーと思った。 |
祥子 | あ、それじゃ一子さん、まちこさん、あたしこれで。(帰ろうとする) |
一子 | あ、帰っちゃうの? じゃ送りましょうか。 |
祥子 | 大丈夫よ。うち近くだから。 |
まちこ | そお? じゃ、気をつけてね。……本当に大丈夫? |
祥子 | 平気よ。それじゃ、さよなら。(通路の後ろへ退場) |
一・ま | さよなら。 |
第七場 スカウト
一子 | 何か様子が変だったわね。なんだか上の空って感じでさ。 |
まちこ | そーね。きっと会長さんのことが気になるのよ。 |
一子 | あ、そっか。卒業式の日会長さんが遅刻したの、自分のせいだって言ってたもんね。 |
まちこ | 自分のせいで会長さんが責められてるんだもの、気にもなるわよ。 |
一子 | うん。あたし思うんだけどさ、祥子さん喪中だって言ってたじゃない。きっと身内に御不幸があったのよ。で、そのお葬式に来たせいで卒業式に遅れちゃったんじゃない? 会長さん。それでさ、その亡くなった人の看病か何かで忙しくって、祥子さんずっと学校休んでたのよ、きっと。 |
まちこ | んー……何かできすぎな気もするけど。 |
一子 | でも、あの人の話を総合するとこうなるんじゃない? |
まちこ | うーん。ま、素直に考えると確かにそうなるわね。 |
一子 | でしょ? だからきっとこれが正解なのよ。これなら全部うまく説明がつくもの。 |
まちこ | だけど、そう簡単に決めつけちゃっていいのかしら。 |
一子 | なーに、何か文句あるの? |
まちこ | そういうわけじゃないんだけど。 |
一子 | あーもう、はっきりしないわねっ。じゃ一体何が言いたいのよ! |
まちこ | 何だかね、どこかひっかかるのよ。どこか違うような気がするの。……でも、多分あたしの気のせいよ。 |
一子 | それならそうと最初から言いなさいよ。ったく、気を持たせるんだから。 |
まちこ | 悪かったわよ。ごめん。 |
一子 | 別に謝ってくれなくたっていいけどさ。 |
まちこ | それじゃ、そろそろあたしたちも帰る? |
一子 | そうね。今日は早く帰って、今後に備えてゆっくり寝よーっと。 |
まちこ | ふふ。あんたの考えることって本当に食べることと喧嘩することと寝ることだけね。 |
一子 | 何よ、失礼ねっ! |
まちこ | あはは、気にしない。それじゃね。 |
一子 | うん。ばいばい。 |
二人、上手側と下手側に別れる。と、行く手に小夜子と宇都宮がいる。 |
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宇都宮 | こんにちは、三上一子さん。 |
小夜子 | こんにちは、愛田まちこさん。あの女はいないんだな。ま、その方が都合が良いが。 |
一子 | 何よ、あんたたち。あたしたちに何か用? |
まちこ | 悪いけど、そこどいてくれない? あたし帰りたいのよ。 |
小夜子 | まあ、そんなに嫌うこともなかろう。我々は君達二人に話があるんだよ。 |
まちこ | 何よ、あたしたちは用なんてないわ。どきなさい。また殴られたいの? |
宇都宮 | ま、まあ落ち着いて。ここは穏やかに話し合いといこうじゃないか。 |
一子 | 話し合い? 何を話し合うって言うのよ? |
宇都宮 | 我々は今回は君達二人をスカウトに来たんだ。 |
一子 | スカウト? |
宇都宮 | そう。手短に言おう。我々の仲間にならないか。 |
まちこ | お断りよ。おとといおいで。あんたたちの仲間になんかどうしてならなきゃならないの。 |
一子 | そうそう。あんたたちみたいなむっつりすけべの仲間になんか死んだってなりたくないわよ。うつったらどうするの! |
小夜子 | まあ、そうつれないことを言うな。第一、むっつりすけべは伝染病や病原菌ではないからうつりはしない。心配いらぬ。 |
まちこ | そういう問題じゃないわよ。あたしはね、あんたたちみたいな卑怯な人たちと一緒にいると虫酸がはしるの。 |
一子 | そうよ。それにね、あんたたちみたいな仲間を持ったらこっちまで悪人になっちゃうわ。「朱に交われば赤くなる」ってね! あんたたちと敵対こそすれ、どうして仲間になんかならなくちゃいけないの! |
小夜子 | まあ、待て。そう結論を急がずともよかろう。断るのは話を聞いてからでも遅くはあるまい。 |
一子 | 聞く耳持ちません。 |
宇都宮 | まあまあまあ。 |
小夜子 | 何も、ただで仲間になれというのではない。それなりの代価は支払おう。なに、「世界最強のコンビ」と恐れられていた二人だ、そちらの希望する条件はすべて聞き入れるつもりだ。 |
まちこ | ……あたしたちのこと、調べたのね。 |
一子 | いつの間に! よくそんな時間があったわね。 |
宇都宮 | そこはそれ、話の展開上ね。いろいろとあるんだよ、事情が。ま、フィクションにおける御都合主義というやつさ。 |
まちこ | 何が、というやつさ、よ。気取っちゃって。鼻持ちならないわね、この気障男が。 |
小夜子 | はっはっは、なかなか手厳しいな。 |
一子 | あんたたちね、あれだけやられてもまだ気が済まないの? それ以上言ったら殴るわよ。 |
宇都宮 | おや、さっきの条件では不満か。悪い話ではないと思うがな。 |
まちこ | ……あたしたちを馬鹿にしてんの? 言っとくけど、あたしたちは物なんかじゃつられないからね。 |
一子 | そうよ。あんたたちとは違うんだから! |
小夜子 | ほお。それなら、これでどうだ。私が会長になった暁には、ハーレムを少しわけてやる。これでもまだ断るか? |
一子 | 当たり前でしょっ! 誰がそんなもの欲しさに仲間になるっていうの! 言ったでしょ、あたしたちはあんたたちとは違うの! これ以上馬鹿にすると、本当にただじゃおかないわよ! |
小夜子 | おや困った。馬鹿にするつもりはまったくないのだぞ。これでも最上級の敬意を払っているのだ。「世界最強のコンビ」をどうして馬鹿になどできる? |
まちこ | うるさいわね、そんなにあたしたちを怒らせたいの? |
宇都宮 | まさか。君達に気に入られるように我々は必死なんだ。一体どうすれば君達のお気に召すんだ? |
一子 | どんなことしたってあんたたちには無理よ! |
小夜子 | 何ぃ? |
まちこ | 話はそれだけなの? だったら、もうどいてちょうだい。 |
宇都宮 | 待て、返事は。 |
一子 | 何度も言ってるでしょ、お断りよ! ぺっぺーだ! |
まちこ | さ、一子、行きましょ。 |
小夜子 | ……おのれ、小娘! 下手に出ておればつけあがりおって……この私を本当に怒らせてしまったようだな。 |
一子 | あんたなんか怒らせたって、怖くないわよーだ。 |
小夜子 | 貴様、私を愚弄するつもりか! 許さぬ。もう許さぬ。 |
まちこ | へえ、どうするつもり? |
小夜子 | なんとしてでも生徒会長になってみせる! そして、お前らをこの学校から締め出すのだ。ふはははは、その時になって後悔しても遅いぞ! |
宇都宮 | さすが小夜子様、考えることが違う! |
まちこ | 何言ってんの、ばかばかしい。 |
一子 | そんなことできるわけないじゃない。ま、できるものならやってごらん。 |
小夜子 | ふん。最後に一つ教えてやる。聞いて驚くなよ。 |
まちこ | 驚いたりするもんですか。どうせ大したことじゃないんでしょ。 |
小夜子 | ほざけ。お前らの仲間のあの女、たしか、立野祥子とかいったな。あの女、おとなしいふりをしてなかなかの曲者だぞ。 |
一子 | 祥子さんが? あはは、何言ってんのよ。 |
小夜子 | お前らは知らんだろうがな、あの女、この学校の生徒ではない。 |
一子 | なんですって! 嘘つかないでよ。 |
宇都宮 | 嘘ではない。ちゃんと調べたんだよ。立野祥子などという生徒は、この学校のどこにもいない。 |
小夜子 | それでもまだ疑うのなら、名簿でも調べてみればよかろう。我々の言うことが正しいとわかるはずだ。 |
まちこ | そんな馬鹿な……。 |
宇都宮 | この学校の生徒のふりをして何を企んでいるのか知らんが、あの女、うかつに信じん方がいいぞ。 |
小夜子 | それではな。また会おう、諸君。ふはははは……。(通路を通り退場) |
宇都宮 | ま、せいぜい頑張りたまえ。ふはははは……。(同じく、退場) |
残された二人、呆然。舞台、暗転。 |