話α

by.yuko



「呼んだ?」
 ふいに声が聞こえた。いつか、どこかで聞いたことのあるような声・・・。あわてて辺りを見回すが、人影はない。
「雅水?ねえ、何あわててんのよ」
 また!ほんの少し落ち着き始めた胸の鼓動が、また激しくなる。誰?いったいどこから?
「どこって・・・雅水、ほんとにどうしちゃったの?私のこと、わかんないの?」
 何、今の?!わたし何にも言ってない!どうしてそんな・・・と、考えかけてわたしはやっと気がついた。知らず、体が強張る。
 この声、わたしの中から聞こえてくる!!
「ああああ、ち、ちょっと待って!!」
 パニックに陥りそうになったわたしに、「声」が慌てて言った。
「ええっと、ん〜・・・何だかわかんないけど・・・ね、お願いだからそんなに怖がらないで・・・逃げないで。お願い」
 最後の方は哀願だった。その時、わたしはふと思い出した。そう、ずっと前にもこんなやりとりをしたような気がする。何となく懐かしい声。いつもすぐそばに感じていた、その声の主は、ひょっとして・・・。
「ま・・・真・・・紀・・・?」
「・・・そう、そうよ!思い出してくれた?・・・もう、どうしようかと思ったじゃない・・・」
「・・・・」
 心から嬉しそうに、泣きそうな声で言う彼女に、わたしは何も言うことが出来なかった。しかし、その声に、先ほどとは裏腹の大きな安らぎを感じ始めていた・・・。
 
「ね、一体どうしちゃったの?私が眠ってる間に何があったの?」
 わたしが落ち着くのを待って、「真紀」が再び話しかけてきた。
「眠ってる間・・・?」
「今朝、私と話した、そのあとよ。今日の行動計画を確認して、それで・・・」
「行動・・・計画?」
 そう言われても、何も思い出せるものはなかった。大体自分の名前すら憶えていなかったのである。「真紀」に関しても、憶えていたのはその名前と、声だけだったのだ。
「ごめん・・・分からないの、何も・・・」
「そっか・・・」
「ごめん・・・ごめんね・・・」
 何だかものすごく申し訳ない、情けない気分になって、わたしは涙をこぼし始めた。考えてみれば、おかしな話だ。さっきあんなに怯えた存在に、わたしは今、心の全てを委ねようとしている。
「ああ、また泣いちゃった〜。雅水はほんとに泣き虫なんだから」
「そう・・・だっけ?」
 あわてて涙を拭いながら、わたしは思わず笑ってしまった。もし周りで見ている人がいたら、さぞかし不気味な姿だろうなどと考えながら・・・。
「ねえ、もう暗くなってきたし、一度本部に戻ってみない?もしかしたら雅水が何でそんなになっちゃったのかも分かるかも知れないし・・・」
「ほ、本部?」
「地球防衛本部よ。これでも私たち、もうすぐ襲ってくる火星人に対抗するための秘密工作員なんだから!」
「・・・はぁっ?!!」
 ここに来て、またもやわたしの頭は混乱の極みに達してしまった。地球防衛本部?秘密工作員?・・・それに、火星人?!
「ちょっ、ちょっと待って!!わたしは普通の大学生だったんじゃなかったの?!」
「ううん、違うよ。一応大学には通ってたけど・・・」
「そんな、あっさり・・・!」
「ね、とにかく行ってみようよ、雅水。きっと大丈夫。何もかも思い出せるから。私が、ずっとそばにいるから」
 そう言う真紀の言葉に支えられて、わたしはよろよろと立ち上がった。少なくとも、彼女はわたしの絶対の味方だ・・・そう、わたしはそれを知っている。
「・・・うん・・・ありがとう、真紀・・・」
 
 記憶のないわたし。わたしはこの「真紀」と、何だかとんでもない存在を相手に、とんでもない仕事をしていたらしい。
 取り敢えずは、この記憶をなんとかしなきゃ・・・。わたしは真紀の言う方向へと足を向けた。

話α ─終─

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